ホウレンソウと spinach

 夫は「 spinachというとまずそうだが
ホウレンソウというとおいしそうに聞こえる。」と言う。
 
 彼のspinachのイメージの原点は缶詰だ。
子ども時代、缶から出して温めたホウレンソウに酢をかけて食べていたのだ。
これが普通の食べ方であったかどうかは知るよしもないが
とにかく恐ろしくまずいしろものだったのは確かである。

 一方、私はというと、ホウレンソウの缶詰など見たことも聞いたこともなかった。
だからテレビの漫画で、ポパイがホウレンソウの缶詰を
ガガガと口に放り込む様は
日本人のほとんどがそうであったように
私にとっても実に不思議な光景だったのだ。

 本当にあったのね~。缶詰のホウレンソウ。

 もちろん、アメリカに生のホウレンソウがなかったわけではない。
事実、夫も大人になってからホウレンソウのバター炒めを食し
「こんなにおいしいものだったのか」と
目玉が飛び出るほど驚いた経験をしている。
 
 昔からあったのかどうかは知らないけど
今のアメリカでは生食用のホウレンソウもポピュラーである。
日本ではあまり見かけない種類で
袋から取り出した後、洗ったり切ったりすることなく
そのままサラダボールに入れて手軽に食べられる。
(昨年このホウレンソウによるO157事件もあったが。)
料理に時間をかけたくないアメリカ人にとってとても手軽で便利な食品だ。

 ともあれ、新鮮な野菜をいつでも大量に摂取できるアメリカで
なぜホウレンソウのまずい缶詰が発明されたのかは理解不能だが
夫にとってのspinachはまぎれもなく、まずい罰ゲームのような食べ物だったのだ。

 で、彼にとっての日本語のホウレンソウ。
日本ではいつもおいしく食べているので
「ホウレンソウの語感は実によい」のだそうだ。

 実は夫にこういう食べ物がたくさんある。
海藻や魚の類である。
たとえば「オクトパスはまずそうだけどタコはおいしそう。」というように。

 たかが言葉、されど言葉。
言葉はただ意味を伝達するだけでなく
五感のすべてを刺激するものらしい。
[PR]

by arizonaroom | 2009-04-04 20:21 | 異文化 | Comments(0)