葬儀の挨拶

 父が亡くなった時に病院から紹介された葬儀社の社長は
単なる商売という枠を超えた熱血あふれる納棺師であった。

 葬儀に対する知識が全くない私達を手取り足取り
一から教えてくれ、しかし、
「一番大切なのはお母さまの今後の生活」と
なるべくお金がかからない方法も教えてくれるのである。

 聞けば、叔父さんの葬儀の時に
「葬儀はこうあるべきではない。」と
憤慨し、それで一大決心して企業したとのこと。

 だから、いろいろな面で助かったのだが
反面、理想に走り過ぎ、
ともすると私達を啓蒙しようとするのであった。

 たとえば、 打ち合わせの時。
「納棺の時のくぎ打ちは、
『もうこの世に戻って来るな』ということから来ているのです。
だから私は勧めませんがどうしますか?」など。

 葬儀の最中にも列席者に向かって
「お焼香はこの親指と薬指で・・」などと
事細かに指示する。
でもほとんどの人は聞いていなかったか、すぐ忘れてしまったかで
ちっとも彼のいうとおりにはやっていなかったけれど。

 あまりのはりきりすぎのため、僧侶と歯車がかみ合わず
後から僧侶が私達遺族に謝りに来たという珍事もあった。

 お通夜の後、私達3姉妹は、
明日の葬式の打ち合わせのために社長に呼ばれた。
「お母さまはいろいろとお疲れだから
あなた達3人でしっかりおやりなさい。」
という配慮から母は除外されたらしい。

 「遺族の挨拶をする場面が三か所ありますが、
お嬢さんが3人いらっしゃいますから
それぞれが分担しておやりになりますか?」

 妹がすかさず、「いえ、全部長女がやります。」

  それで、彼は私の方に向き直り
「納棺の時の挨拶はですね、
決まった言葉を使わなければいけないんですよ。
これがその例文です。」

 渡された用紙を見て私は仰天した。
恐ろしく硬い文章なのである。
「これでなくてはだめなんですか?」

彼は平然として言う。
「だめなんです。」

 反論できるほど知識も経験も無かった私は
仕方がないので、その文章を頭に叩き込んで
そのまま使った。
あがり症ではないので、すらすらと無難に済ませたが
まるで社葬のような無機質な挨拶となってしまった。

 しかしこれは家族葬なのである。
聞いている人たちは、すべて親族なのである。
私は親族に向かって
「今後も故人同様皆さまのご厚情をたまわりたく・・」などと
挨拶したのである。

 昨日の友人の葬儀の時、
ご主人が自分の言葉で実に心のこもった挨拶をしているのを
聞きながら
「私のあの挨拶はいったい何だったんだ?」
と自問していた私なのであった。




 
 


 
 
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by arizonaroom | 2012-03-04 23:46 | 父の病気 | Comments(0)