小さな貝殻 -母・森瑤子と私

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 私は森瑤子の小説のファンではない、
というより実は1冊しか読んでいない。
その唯一読んだその本のストーリーも
作風も、文体も、そして女主人公の性格さえも
私の趣味ではなかったから
もうこれ以上は読む気にはなれなかったのだ。

 そのかわりエッセーはけっこう読んだ。
わざわざ選んで読んでいたというより
人気者作家だったので
雑誌を無作為に広げれば
高い確率で瑤子ワールドが広がっていたのである。

 小説ととは違って
生き生きとした文体で書かれた家族の話や
旅の話はけっこうおもしろかった。
家族のエピソードを綴った「ファミリーレポート」は
しっかり購入して読んだ。

 52歳の早すぎる死のニュースが飛び込んできた時は
さすがにショックだった。
しかし、しっかりと自分の過酷な運命を受け止め
葬儀も自分で仕切ったという記事を当時読み
「本当に強かった女性なんだなあ」と改めて思ったものだった。

 彼女の死から10数年たち
先日、彼女の次女によるこの書物に出会った。
そこには当然ではあるが、私の知らない森瑤子の別の顔があった。
ファミリーレポートや家族エッセーにはまったく書かれていなかった
辛い日々、大黒柱としての苦悩、夫以外の男性との恋・・・。

 森瑤子はかつて
「日本語の不自由な夫と娘たちは私の書物を読むことはないだろう。」と
書いていた。
しかし、母の思惑に反し、
マリアは母の小説を、エッセーを、そして封印された日記までも
読み漁り
有りし日の森瑤子と雅代ブラッキンに思いを馳せた。
 
 事実は娘にとってはかなり冷酷なのに
冷静に、そして残酷に
しかし、わき出でるような暖かな愛情で書き上げられたこの1冊。

 波瀾万丈だった森瑤子は
もしかしたら自分で自分の命を縮めてしまったのかもしれない。
でも彼女は確かに幸せだった。
たくさんの愛に囲まれていた。
自分の人生を思うように生きぬいた。
己の情念を昇華させることに成功した作家と
その母の複雑な深層とやさしさ
そして他者への限りない愛を理解した娘。
森瑤子の遺志は確実に娘に継がれている。

 このエッセーを読み終えた後になっても
やはり私は彼女の生き方考え方には共感を覚えることはできない。
小説もたぶん手に取ることはないであろう。

 しかし、ひとりの女性として思いを馳せる時
そこにある種の愛おしさを感じてしまうのである。

 このエッセーは森瑤子の死の2年後に書かれたものである。
あれからかなりの月日がたった今
まだ23歳だったマリアさんはどうしているのだろうか。
ぜひ幸せになっていてほしいものである。
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by arizonaroom | 2008-04-13 22:35 | 映画&TV&本 | Comments(2)

Commented by palette at 2008-04-14 07:10 x
私も森瑶子は好きな作家ではありませんでした。軽くよめるものを読み流している、という感じで読んでいましたが、亡くなってから、実は・・・と聞こえて来る話はけっこう深刻なものが多くて、意外でした。この本などが元ネタの話だったのかもしれませんね。読んでみたいです。
Commented by arizonaroom at 2008-04-14 15:44
paletteさん
家の中は外からはけっして見えないものなんですね。
家庭を持ちながら仕事で成功した女性の
苦悩というものが浮き彫りにされています。
娘さんからみたご主人との葛藤も
すさまじいものがありますし
亡くなった後のご主人と娘さんとの
切なくなるような会話はかなり印象的です。