カテゴリ:健康( 38 )

夫の手術その3

 入院の当日、書類一式を持って窓口へ。

書類をパラパラとめくって確認していた窓口係りの女性がおもむろに聞く。
「限度額適用認定証は?」
「??ありませんが。」

 「申請されないんですね。」と了解顔になる窓口係。
「はい。」と答え、急に不安になり
「それは何ですか?」と聞いてみた。

 何しろ、連帯保証人が必要だということを
前日の晩に知った私である。
入院手続きのパンフレットをしっかり読んでいなかったのだ。

 もちろん、国民保険には支払い限度額があるのは知っている。
でも、お知らせと手続きは支払った後からであり
とりあえず3割は先払いするという方法しかないのだと思い込んでいた。

 それが、この認定証さえあればその分を差し引いて払えばいいのである。

 「それはいつまでに持って来ればいいのですか?」
「金曜日までです。」

 あさってだ!
この日は実家に泊まるつもりだった。

 間に合わないかも。
まあ、先に3割払って後で戻してもらえばいいか。
クレジットカードで払えるんだし。

 と、気軽に考えて実家に向かった。

 ところで、その3割っていくらくらいなんだろう。
と、電車の中でネットで検索してみたら

 に、200万円!

 にひゃくまん。
そんなに高い手術だったのか!
クレジットカードの限度額をはるかに超えている!

 その時はパニックモードでその3割だということには思い至らず
認定証が金曜日までに提出できなければ
土曜日に200万払わなければいけないのだと思い込んでしまっていた。

 こりゃ大変、実家では遅い昼食を食べ、2時間あまりで退散し、
病院にとんぼ返り。夫が保険証を持っていたので。

 市役所のHPで必要な書類を揃え、木曜の朝一番で市役所に行き
めでたく認定証をゲット。
手術前の夫には会えなかったけれど
(夫との意思疎通に不安な看護師が私に来てほしいようだった。)
無事に窓口に提出できたのだった。


 ホッと一息。


それと同時に、病院関係者の誰も手術費のことを教えてくれなかったことを思い
ちょっと複雑な気持ちになった。

 妹たちからは「普通、自分から最初に聞くでしょ。」とあきれられたが。

 「200万と高額な手術ですが、認定証を役所から取り寄せて提出すれば
 10万とちょっとですみますよ。」となぜ言ってくれなかったのか。
(自分で調べろって?スミマセン。)
 窓口も「申請しないんですね。」と納得しないでよ。
 どう見ても金持ちには見えないでしょ。
 勘違いしているのは明白でしょ。
 

 それにしても、日本の保険システムのなんとすごいことか。
アメリカよ!これが国民保険とういうものなのだよ。

 それと同時に、なぜ国民保険が大赤字なのかというのも
これでよくわかった。

 もう、保険税が高いなんて文句は言いません。
有難く払わせていただきます。
 (私は社会保険だけど・・。)
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by arizonaroom | 2017-07-18 22:54 | 健康 | Comments(0)

夫の手術その2 費用

 夫は国民保険に加入していて、それには療養費の上限があるのを知っていたので
手術代についてはそれほど心配していなか、った。

  この手術を勧めてくれた最初の病院の医師も、
ここの病院の医師も入院カウンセラー?も
誰も費用のことは言っていなかったし。

 それでも、後で返って来るのしても最初は3割払わなければいけないので
入院の説明を受けている時にいくらくらいか聞いてみたら
窓口で聞いてくれと。

 でも窓口では計算しますので少しお待ちくださいと言ったきり
ちっとも教えてくれない。

 別に計算してくれなくてもいいのである。
10万くらいか、30万くらいか、おおよそでいいのである。
暫く待ってみたが音沙汰が無いので
「この後、仕事があるので帰ります。」と言って帰ってしまったのだった。

 あまりにもこの手術に無知だった私はクレジットカードで払える金額だと
勝手に思っていたのだった。
 (火曜日に続きます。)
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by arizonaroom | 2017-07-16 23:44 | 健康 | Comments(0)

夫の手術・入院その1

 夫が3泊4日の手術入院から帰ってきた。
 不整脈(心房細動)があり、脳梗塞のリスクは現在のところほぼゼロだけれど
将来的には薬に頼る生活になるとのことで
カテーテル手術を勧められており
この度、一大決心して手術に踏み切ることにしたのである。

 日本での手術入院は初めて。
というより入院経験自体ない。

 私はずいぶん前に入院経験があるが
時代が違うからなのか、病院によってなのか驚くことがたくさんあった。

 預り金を入れる必要がない。   
 大部屋でも窓側は有料。
 食事用のスプーン、フォークは持参。
 バスタオル持参。
   シャワー用かと思い、
   未使用のブランドタオルを渡したら、手術の時に使用したらしい。
   衛生的に大丈夫?と思ったけれど
   麻酔を打たれた夫の話なのでよくわからん。
 紙おむつ 
   本来のおむつの目的ではなく手術の時の血液の汚れ防止のため。

 けっこう合理的というか無駄がない。
  (続きます。)
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by arizonaroom | 2017-07-15 23:19 | 健康 | Comments(0)

義父の入院その5

 リハビリセンターは素晴らしい所だけれど
やはり、自宅とは違う。当然だが。
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 義父は車椅子を動かして受付に行き宣言したのだった。

「明日私は退院します。」

 スタッフは「はあ?」という感じで義父を見る。
「医師から許可を取ったんですか?」

 「いいえ、私が決めたのです。」ときっぱりという義父。

 「あのですね。医師の許可が下りなければ保険会社はお金を一銭も払いませんよ。」
とスタッフ。

 「ここではただ滞在するだけで1日千ドル(12万円)かかるんです。
ただいるだけでですよ。
それに診察料、看護料、薬代、セラピストの代金が上乗せされます。
保険会社が払うのを拒否すればそれらが全部自費になるんですよ。」

 これが現実なのである。
アメリカではすべての実権を握っているのが保険会社なのである。

 検査も手術も転院も
保険会社が認めなければできないのである。

 最初に義父が救急車で運ばれた時
(救急車も有料である)
義父も家族も検査を拒否してそれは受け入れられたが
日本では有無もいわせずに即検査が行われたことであろう。
 
 保険のあるなし、お金のあるなしはこの段階では一切関係なく
命を救うために最善の努力を尽くすであろう。

 今、自由化の波が押し寄せているが
医療保険だけは日本のシステムを崩さないでほしいものである。

 ちなみにアメリカ資本の保険会社も日本に進出してきてはいるが
アメリカ式ではなく日本式で売り出しているため
たとえ日本在住でも
一部の保険はアメリカ国籍者およびグリーンカード保持者は入れなかったりするのである。
(詳しくはこの過去記事をご覧ください)
 
 義父は私たちが日本に戻った直後く
無事リハビリ施設を退院することができた。
おかげさまで今は自宅で元気にしている。

  すぐにでも天国に行きたいと口癖のように言っていた義父であるが
来年の6月の結婚記念日までは
がんばって生きていくとのことである。

ここでもハンバーガー!
アメリカ人って・・・・・
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by arizonaroom | 2015-12-13 23:58 | 健康 | Comments(0)

義父の入院 その4

 結局義父はその翌日に転院した。
転院先のリハビリ施設はなかなか快適な場所である。
食堂やレクリエーションルームなどもある。

 そしてここも見舞客の時間に制限は無いようだった。
感謝祭の日は私たち家族がミーティングルームを借りることができた。

 義姉のセカンドハウスで感謝祭のごちそうを食べた後
義父用に取り分けておいた食べ物を持参し
この部屋でもう一度感謝祭のお祝いをしたのだった。

 義父も病院にいた時よりも
ずっとずっと元気であった。
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by arizonaroom | 2015-12-12 23:57 | 健康 | Comments(0)

義父の入院その3

 治療が功を奏してもう病院にいる必要は無くなった義父だが
体はかなり弱っていて、ひとりで立つこともできず
これでは義母が面倒を見るのはとても無理。

 病院ではリハビリセンターに行くことを勧められた。
クリスチャンの施設で、家からも近いし
とても良いところのようである。

 翌々日に転院ということになり
私たちも予定を変更して付き添うことにした。

 しかし前日になっても何時に移動するのか全くわからない。

 そして当日。
時間は刻一刻と過ぎていく。
夕方になっても何の音沙汰もない。

 本当に今日?

 その間、2人のセラピストが義父の「診断」に来た。
理学療法士と作業療法士である。

 とうとう私たちはしびれを切らし
看護師に頼んで責任者を呼んでもらった。
病院のコーディネーターのような人である。

 現れたのは小柄な女性。
長い髪を垂らし、首にはショールを撒いていて
ロングブーツでさっそうと歩く姿を見た時には
一瞬、魔女が来たのかと思ってしまった。

 彼女いわく、
ふたりの療法士のレポートは義父が入っている保険会社に行き
そこでGoサインが出なければ転院できないのだそうだ。

 「ごめんなさい。私たちにいつになるかさっぱりわからないのよ。」と。

 いーのか、それで。
 
 そうこうするうちに外は真っ暗になってきた。

 こりゃ、今日は無さそうだねと
私たちは病院を後にしたのだった。

 
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by arizonaroom | 2015-12-11 22:56 | 健康 | Comments(0)

義父の入院その2

 日本の病院は入院患者への見舞時間を厳格に決めているが
義父の入院した先は、そんなことは全くないらしい。

 朝早く行っても夜遅くに着いても
大丈夫なようだ。

 来会者記録簿も来会者用バッチのようなものもなかった。

 というより、受付に人が全くいない!

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 義父の担当看護師に会ったら
「コーヒーか水飲みます?持ってきましょうか?」と
まるで、どこかの事務所を訪れたかのような接待である。

 担当の看護師は半日毎にくるくると変わり
病室のホワイトボードに「今日の午前の担当、ナンシー」というように
ファーストネームだけが書かれている。

 私たちはこまめに病院に行っていたが
なぜか医師には一度も遭遇しなかった。
代わりに看護師が、胃カメラの写真などを持ってきて
病状や治療法の説明をしてくれる。

 治療のかいがあり
義父は前日よりずいぶん元気になったが
病院の流動食を全く食べない。
おいしくないのだそうだ。

 「高齢だから何を食べてもいいですよね?」と
身内から驚くような発言が出て
さらに驚いたことにそれが認められ
さっそく義母手作りのグレービーがかかったビスケットが
その夜のうちに差し入れられた。

 翌朝はオートミールである。

 潰瘍なのに、胃に負担はないのだろうか。

 病室にはホテルのルームサービスのような
食事メニューブックが置いてあり
ランチはそのメニューからハンバーガーを注文していた。

 潰瘍なんだけど・・・。

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 (続く)

 
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by arizonaroom | 2015-12-10 23:22 | 健康 | Comments(0)

義父の入院その1

 アリゾナ滞在2日目、夫は義父に頼まれ床屋に連れて行った。
さっぱりと散髪したその夜、彼は大量の吐血をして
救急車でER運ばれた。

 本人はずっと
「病室に入る前に天国に行きたい。」と繰り返すし
義母は延命治療はしないという本人が作成した法的書類を
書斎から探し出し、それを病院側に渡す機会を探っている。

 そして直ちに胃の中の検査をしたいという病院側の要請を
本人も義母も拒否し
「とりあえず今夜は休みたい(休ませたい)」と主張、
そしてそれは通ったのだった。

 これでいいのか!
無理にでも検査をさせるべきなのでは?と
日本人の私の頭は混乱するばかり。


この夜のERは患者でいっぱいで
病室の外にも患者は寝かされている。

 その傍を刺青を腕に大きくいれた看護師が忙しそうに歩き回るが
医師が全然見当たらない。
危篤の患者が最優先なのである。

 ともあれ、高齢の義父である。
家族は誰もが最悪の結果を思い浮かべていたのであるが
翌日の検査の結果は
なんと十二指腸潰瘍なのであった。

 私のアメリカ医療のカルチャーショックはまだまだ続く。

 
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by arizonaroom | 2015-12-09 23:35 | 健康 | Comments(0)

所得税とコンピューター

 2012年初めに亡くなった父宛に税務署から所得税納付書が届いた。
直ちに抗議の電話を入れたが、ずいぶん失礼なことだと思う。

 税務署には父の整理番号というものがあり
その番号での提出がなかったことを
コンピューターははじき出した結果
こういうことになったのだと推測するが
コンピュータ化したのであれば
市役所のパソコンと連携して、
死亡した人も簡単に抜き出せるようにするべきである。

 そもそも2012年度に私たちは
父の名前で「準確定申告」書を提出しているのである。
「準確定申告」なのだから、その時に処理しようと思えば
できたはず。

 なんなんですか。この中途半端なコンピューター化というのは。

 もっと言わせてもらえば、人がする限界をコンピューターが補い、
コンピュータの仕事の限界を人が補うというのが仕事の基本なのに
どちらもお互いに依存しあっているだけで
限界の隙間を埋める作業がまったくない。
 
 亡くなった家族の名前で来るお役所書類を見る遺族の気持ちを
本当に考えてほしいものである。
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by arizonaroom | 2014-05-29 23:52 | 健康 | Comments(0)

三回忌

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 父が亡くなって丸2年。
月日の経つのは本当に早い。

 でも、こうして親戚たちが集まれるのも
父のおかげ。
現在と過去が入り混じった楽しいひとときであった。

 
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by arizonaroom | 2014-01-19 22:21 | 健康 | Comments(0)