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テムズとともにー徳仁親王著

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 ここ数年、皇室間の不仲問題が週刊誌で取りざたされている。
真相はともかく、天皇陛下もさぞご心痛であろう。

 それでふと思いだしたのがこの本。
平成5年に出版された皇太子さまの書かれたもので
英国のオックスフォードに留学された2年間のことを
綴られた書物である。
最初は非売品だったらしいが
評判がよかったので出版の運びとなったらしい。
私が本を購入して読んだのもこの年なので
思い出しながら感想を書いてみたい。

 上の写真でわかる通り、新書である。
著者名も皇太子殿下ではなく徳仁親王となっているところに
殿下のお気持ちが伝わってくるようだ。
見た目は、とても地味な本である。

 中身のこの地味が外見通り、実に淡々としている。
ご会見の時にはいつも「陛下」とお呼びになっている
天皇陛下や皇后陛下のことを「両親」と
お書きになっているのも
「普通の若者」として、このご留学経験を
記されたかったのかなと思う。

 常にイギリスの護衛警官がいるがそれはひとり、
しかも目立たぬように非常に配慮されている。
皇太子はこの2年間
「古い寮の部屋であまりの寒さに震えた」り
「洗濯機に洗い物を詰め込みすぎて洪水をおこしてしまった」り
「アイロンのかけ方を教わり留学中はすべて自分でかけた」り
「代金の金額が聞きとれず、毎回お札ばかりを出していたので
財布の中が小銭だらけになって道端にばらまいてしまった」り、
「最後尾かと思って並んだら、実は違っていて
知らない人に注意されてしまった」りと
実に学生らしい生活を送られたのであった。

 でもこの本は涙なくしては読めない。
初めてお持ちになったクレジットカードに
「これは最初で最後の経験かも知れない。」
「両親や弟、妹が訪ねてきてくれ、
自分の生活している場所を案内できたことは
大きな喜びであった。」
「ディスコを後にしたのは夜中の2時(中略)私にとっては
生涯最初で最後のディスコであったかも知れない。」

 そしてきわめつけは
「再びオックスフォードを訪れる時は、
今のように自由な一学生として
この町を見て回ることはできないであろう。
おそらく町そのものは今後も変わらないが
変わるのは自分の立場であろうなどと考えると、
妙な焦燥感におそわれ、
いっそこのまま時間が止まってくれたらなどと考えてしまう。」

 ここまできたら本当に涙がじわ~っと出てきて
字が滲んでしまったことを思い出した。

 この本について今ネットで調べてみたら
もう絶版になってしまっているのだと知った。
皇太子殿下のお人柄がとてもよくわかる一冊なのに
とても残念である。
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by arizonaroom | 2008-07-31 23:57 | 映画&TV&本 | Comments(4)

日傘

 女子中学生が制服姿で
日傘を差して歩いているのを見た。
若い子は日焼けなど
全然気にしないと思っていたので心底驚いた。
それとも母親から厳しく言われているのかな。

 夫が日本に来た当初、
天気がよいのに傘を差して歩いている人を見て
びっくり仰天したそうだ。
傘は雨が降った時のためだけにあると思っていたのである。

 日本人女性と結婚したアメリカ人の友人がいた。
現在彼らはアメリカに住んでいるが
日本に住んでいた時
彼の妻もよく日傘で歩いていて
彼から「恥ずかしいからやめてくれ。」と
言われていたのを思い出した。

 そう言われてみればアメリカ人は
日焼けに対して非常に無防備である。
けっこう年配者でもノースリーブ短パン姿で
大胆に街を闊歩している。
もっとも移動手段は車ではあるが、
屋外のスポーツ施設でも全然気にしていないようだ。

 (あ、ひとり日傘を差しているアメリカ人を思い出した。
 マイケル・ジャクソンだ。)
 
 ヨーロッパではモネの絵に
「日傘の女性、モネ夫人と息子」というのがあるところをみると
昔から一般的だったのだと思う。

 オゾンホールの拡大が心配されいるオーストラリアも
最近は日焼けにかなり神経質になっているとか。

 本当は日に当たった方が
骨が丈夫になるらしいのだが
これほど紫外線がひどくなった昨今そうは言っていられない。
皮膚がんもそうだがシミも女性の大敵だもんね~。
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by arizonaroom | 2008-07-30 23:54 | 異文化 | Comments(0)

映画館の指定席

 映画館がまだまだ混んでいた頃の
指定席券はけっこう高かったように思う。
でも、並ばないでよい席に座れるのだから
鑑賞券の倍の値段を払う価値は絶対あった。

 現在、私がたまに行く映画館では
平日でも指定席が基本である。
そしてそれは、もちろんそれは追加料金は無し。
ガラガラなのだから当たり前だ。

 しかし、発券売り場で「どちらのお席がよろしいでしょうか?」
と聞かれても困ってしまう。
客はいないので、席は選りどりみどりだが
座席表だけではどこがよいかは
全然ピンと来ない。
「どれくらいスクリーンに近いのか」とか
「前の人の頭はどれくらい邪魔になるのか」とか。

 とりあえず良さそうな席を選び劇場内へ。
185人収容できるという会場なのに
なんと客は10人程度。
それなのに私の隣には知らない人が座っているのである。

 この人数なら楽に1列独り占めできるはず。
それなのになぜ私は知らないおっさんと
くっついて座らなければいけないのか。

 夫が言う。
「ちょっと画面に近すぎ。もっと後ろがいい。」
でももう遅い。
たとえガラガラでも移動先がだれかの席ではないとの
保証はないのだ。

 もちろん、映画が始まってから
人がいないのを確認して動こうと思えば動けるが
暗い室内を何列も移動はしたくはないので、
あきらめて最初の席に落ち着くことにした。

 終わってみた結果ー
やっぱり近すぎた。

 頼むから平日は指定席はずしてくれ~。

 
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by arizonaroom | 2008-07-29 22:53 | 映画&TV&本 | Comments(2)

暑い日

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         ココナッツバナナケーキ
   りんごのチーズケーキ    ベークドチーズケーキ 
 
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              フルーツケーキ


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 抹茶とあずきのシフォンケーキ

 朝から本当に暑い!
暑くなると赤ちゃんや小さなお子さん連れのお母さんたちの姿が
俄然少なくなる。
こんな日は外を出歩きたくないよね~。

 でもグループホームのお年寄りたちは
ヘルパーさんに連れられて元気にご来店。

 近所の小学生の幼い姉妹たちも開店30分前から
喫茶室の中でおとなしく(?)待機。
学校が休みの時は
たいてい来てくれて
家で待っているお母さんへの
お土産ケーキの注文も忘れないやさしい子たちである。

 途中でちょっと雨が降って
皆を心配させたが
すぐに止みまた暑い夏に戻った。

 スタッフたちは来月また合羽橋に行こうと計画中。
今度は何を買って来ようかな?


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お年寄りたちで賑わった店内も
   (後ろの席にいるのは小学生たち)


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  お年寄りたちがお帰りになると急に静かに


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  でもその後すぐに常連さんたちでにぎわいを取り戻した。


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  暑いのに外で遊ぶ子どもたち。
  熱中症には気をつけてね。

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by arizonaroom | 2008-07-28 18:18 | 喫茶室グレイス | Comments(2)

みんなのいえ

 
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 かなり古い三谷幸喜監督のコメディーである。
彼の作品には英語の字幕があるので
我が家ではとても助かっている。

 テーマはタイトルどおり「家を建てる」ということで
自分の体験が基になっているらしい。

 でも伊丹十三映画のようなHow To映画ではない。
たとえば伊丹監督の「お葬式」や「たんぽぽ」「ミンボー」や
「スーパーマーケット」「マルサ」の女など映画のように
「そうだったのか!」という知識は
三谷映画からはけっして得られない。
 
 何しろお金の話すら全然出てこないのだ。

 映画が始まった時には既に土地は購入されていて
「設計士はどうする?」
「後輩にインテリアデザイナーがいるからその人に任せましょう。」
「そうだね。」って
その人が本当はどういう人かわからないのに
いとも簡単に話は決まってしまう。
そしてそこでも設計料とかの話はまったくでてこない。

 結局のところ、映画のテーマとして、
三谷はそういう現実的なことには
一切興味がなかったのであろう。

 彼にとっての興味はあくまでも「人間」なのである。
新進気鋭のインテリア・デザイナー、柳沢と
主人公民子の父で昔気質の大工の棟梁・長一郎との対立と友情、
仲はいいけど、家を建てる妹夫婦にちょっぴり嫉妬している姉夫婦や
柳沢と義父にはさまれて常にハラハラしている
本当に人のいい民子の夫、直介、
そして気まぐれで皆を振りまわす、風水に凝っている直介の母など
人々は本当に生き生きと動いている。

 何か大きな事件が起こるわけでもない
何気ない日常を描いているようでいて
実は非日常の世界である。
(家を建てているのにお金の話がまったく出てこない)
でも、登場人物たちはやっぱり日常を平凡に生きている人たちなのである。

 ゆったりと見られる映画なので
ストレスで疲れている時におすすめ。
また映画のあちこちに有名スターたちが
チョイ役で出てくるのもおもしろい。
 

 
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by arizonaroom | 2008-07-27 22:44 | 映画&TV&本 | Comments(2)

プロヴァンスの贈り物

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 ロンドンの剛腕トレーダーのマックスのところに
南フランスに住む伯父ヘンリーの訃報が届く。
遺されたものは古いシャトーとぶどう園。

 リッチで洗練されているがいささか強引なビジネスをする独身の若者と
プロヴァンスの古い田舎町と農園。
もうここまで書けば結末は誰の目にも明らかだ。

 フランスで恋に落ち、
今までのフェイクな生活を反省し
本物の人生を生きる決心をする・・・。
物語の定番、クラッシック。

 しかし、それでも画面に目はくぎ付けになってしまう。
なぜならそこは陽光あふれるプロヴァンスだからだ。

 マックスがプロヴァンスに戻った時
忘れていたこの地での思い出が走馬灯のように蘇る。


 しかし長い間男性不信だった女性があっと言う間に
マックスになびいたり
マックスの人生観が数日間でがらっと変わったり
ストーリー展開はかなり強引ではある。

 都会でのリッチな生活はフェイクで
田舎での生活こそが人間味あふれる人生を
与えてくれる。

 物語の結論はいつでも同じ。
それなのに人々は都会に集まり
田舎は過疎と化する。
実際にこういう選択をする人は少ない。
現実はなかなか厳しい。

 
 この映画を見ていたら
なんだか無性にプロヴァンス地方に行きたくなった。

 でも部屋の中にサソリがいるのだけは勘弁!
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by arizonaroom | 2008-07-26 21:37 | 映画&TV&本 | Comments(0)

チャプター27-ジョン・レノンを殺した男ー

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 タイトル通り、ジョンレノンを殺した男の
殺人までの3日間を追ったストーリである。

 殺害犯マーク・デイヴィッド・チャップマンへの
200時間にも及ぶインタビューを元に、
チャップマンからの視点から描かれた映画で
殺人者の心の闇に迫った作品である。

 一見、ごく普通の男である。
でも「イマジン」の歌詞「Imagine no possessions」を聴きながら
彼はジョンが何でも保持している大金持ちだということに
ふと気が付き急に殺意を抱くのである。
「誰も所有していない世界を歌っているのに
自分はなんだ、偽善者じゃないか。」と。

 彼の愛読書はサリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」。
ジョンを殺害してから警官が来るまで逃げもせず
この書を読んでいたというところから
監督はひとつの結論を導きだしている。
(どういう結論かは映画を見てのお楽しみ。)

 ライ麦畑は26章で終わるが
チャップマンは自分で27章を作り
ジョンを殺害することによって完結させたつもりなのである。

 何という浅はかさ、何という身勝手さ。

 もちろん、本当の動機は彼がどうインタビューで答えようと
不明だし、もしわかったとしても
とうてい私たちには理解不能である。
彼の心は闇に包まれたままだ。

 この映画は犯人を美化しているという理由で
オノヨーコやジョンのファンたちはかなり不評らしい。

 でも現在日本各地で起こっているたくさんの無差別殺人に
共通するものがあると思うのは私だけだだろうか。

 「誰でもよかった。親を困らせたかった」というあまりにも幼稚な動機の裏には
他者の痛みがわからないという想像力の欠如がある。

 精神科医がチャップマンに向かって
「ジョンも痛かったでしょうね。」という問いかけに対して
「I don't know.彼のことはよくは知らないから。」
というようなことを答えている。(正確なセリフは忘れた)

 他者の痛みだけではない。
自分人生すら大切にしていない。
彼らに共通することは
「逃げる意志」すらないことだ。
おのれの命すらどうでもいい人に向かって
どうやって悔い改めよと説得できるのか。

 話を映画に戻そう。
チャップマンを演じた俳優はジャレッド・レトー。
ハンサムな俳優なのに
この役のために3か月くらいで30キロも太らせたのだという。
10キロではない、30キロである。
恐るべし、ハリウッドの役者。
ちなみに下の写真が通常の彼
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 この映画の後、彼は瞬く間に元通りのスタイルに戻ったらしい。
ダイエット中のみなさん、うらやましいよね~。
 
 ******
 長々とした殺人犯のモノローグを聞いているうちに
ついウトウトと・・。
気がついた時にはジョンはすでに殺されていた。
慌ててチャプターを戻して観なおしたが
けっこう見ていなかったシーンが他にもありそう・・・。

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by arizonaroom | 2008-07-25 21:34 | 映画&TV&本 | Comments(0)

インディー・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国

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  久し振りで映画館で鑑賞。
インディー・ジョーンズシリーズの第4作目
20年ぶりのインディーである。

 あのお馴染みの音楽が流れてきただけでワクワクドキドキ。
インディの顔よりも先に
トレードマークの帽子が先に登場するのも
心憎い演出だ。

 インディーも前作より20歳年を取った分
時代も流れて時は1957年。
アメリカがまさにアカ狩りをしていた頃である。
出てくるのはKGBに原爆実験にローズウェイズ、ナスカの地上絵と
相変わらずしっちゃかめっちゃかであるが
それでもいいのである。
インディージョーンズなのだから。

 「でも」と、
自宅での鑑賞とは違って
さすがに映画館では突っ込めなかったので
レストランで昼食を食べながら
夫とふたりで話し合う。

 「ガンパウダーに
マグネットが入っているなんてあるわけないよ。」と夫。
「核実験のところだってあんなのあり得ない。
冷蔵庫だって破壊されるし
第一あれでは放射能汚染からまぬがれないでしょ。」と私。
「第一ソ連が敵国アメリカで
どうどうとアメリカ市民をキッドナップしたり
街中を追いかけたりなんて
できるわけないよね。」
「自国の基地がソ連に襲撃されても
ペンタゴンが察知しないってどういうわけ?」

 これ以上会話を披露するとネタばれになるので控えるけど
ほんとつっこみどころ満載。

 でも、同じ「あり得ない」設定でも
滝から全員落ちてもみんな無事だったり
訓練された軍隊に囲まれても
互角に戦える考古学者というのは
全然かまわないし
超常現象が入ってしまうのも、
それはそれでいい。
インディー・ジョーンズなんだから。

 前作はもう20年前だけど
テレビでしょっちゅうやっていたので
記憶の中でもけっこう無理なくつながってくれた。

 ↓シャイア・ラブーフがかわいい。
(「かっこいい」と言わずに「かわいい」というところがいかにもおばさんだね、)
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どうしても受け入れられなかったのは
核実験のシーンだ。
普通の町並みにマネキンを置いいるのだが
広島長崎を思い出して本当に気分が悪くなった。
 
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by arizonaroom | 2008-07-24 22:51 | 映画&TV&本 | Comments(4)

再会の街で

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 キャリアと家族に恵まれながらも人生にむなしさを感じる歯科医と、
911の悲劇で家族を失い、
自分の殻に閉じこもるようになった元歯科医の触れ合いと再生の物語

 ハリウッドはこれまでいったいいくつの911の映画を作ってきたのだろうか。
まあそれほどあのテロ事件はアメリカ人にとって
恐ろしいほどの衝撃と悲しみを与えたというわけである。

 もちろんあの事件には世界中の人が
震え上がったのであるが
でも、イラクやアフガニスタンの人たちにとっては
毎日が911だったはずである。
己の不幸に精一杯のアメリカには
まだイラクやアフガンの不幸は見えてきてはいないようだ。

 まあそれはともかく、
これは911の英雄たち、テロの恐怖、戦争の肯定、といった
いかにもアメリカの政治的視点の映画ではない。
はっきりいえば911は単なるストーリーの道具であって
核は「悲しみやむなしさから立ち直るという心の再生」である。

 突然の事故で愛する人を失うというのは
お別れを十分にできていないということを意味する。
だから最後の会話(もちろんその時はそれが最後とは夢にも思わない)の内容が
いつまでも心に矢のように突き刺さってしまう。
チャーリーも家を出る直前に妻が電話で
台所の改装の話を持ちしたのを聞き咎め、
思わず「今は忙しいから後で聞く」と怒鳴ってしまったことを
しきりに後悔、それが何千回もの台所改装につながっていく。
大変見る者の心を痛める場面である。

 一方アランもいい人を演じすぎて
妻にさえ心のうちを打ち明けることができない。
傷心のチャーリーを助けるためといいながら
本当は自分が癒されたいのである。
 

 物語の最初に変態のような女の患者(?)
が登場したときは
「シリアスな話なのに大丈夫か?」と心配したが
その後この女性も無理なく物語の中に
溶け込んでいったのでホッと一息。

 この彼女のほかにも妻の両親、判事、美人の精神科医、ア
パートの管理人、財産管理者、
アランの妻とその娘たちと、
たくさんの「いい人」たちが登場、
こんな世知辛い世の中にも
希望が出てくるような物語である。

 
 コメディアンのアダム・サンドラーが珍しく
シリアスな役を演じている。
ウェーブのかかったまるで彼らしくない髪型やひげが
普段のお笑いの印象を遠ざけていることに成功、
全然違和感なく悲しみのあまり変人になってしまった男を
熱演していて好感を持った。

最後にひとこと。
 あんな怖い受付のいる歯医者には
私は行きたくないなあ。
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by arizonaroom | 2008-07-23 22:07 | 映画&TV&本 | Comments(0)

天と地 (オリバーストーン監督)

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 1993年の映画。オリバー・ストーン監督の
「プラトーン」「7月4日に生まれて」とあわせて
ベトナム3部作と言われるもので
レ・リー・ヘイスリップという実在のベトナム人女性の波乱の半生である。

 1949年、フランス領インドシナだった頃の
ベトナム農村で生れたレ・リー。
まもなくベトナム戦争がはじまり、この小さな貧しい村は
ベトコンと政府軍との狭間で苦しむことになる。

 最初は政府軍から拷問を受け、
次はゲリラ側から裏切り者扱いされてしまうレ・リー。
このリンチやレイプのシーンは見ているのが
耐えられなくなってしまうほど残酷である。
思わずスクリーンに向かって
「舌を噛み切って死んだ方が絶対楽!」と
叫んでしまいそうになるほどの壮絶さだ。

 村を離れなんとか就職口を見つけたレ・リーに
この後も次から次へと容赦なく
試練がやってくる。

 未婚の母になり、生きるためには
アメリカ軍の兵士の娼婦になるという苦しい選択も。
「生きる目的がわからない」などと悩めるのは
まだまだゆとりがあるからで
本当に生死の境をさまよっている人たちにとっては
まさに「生きることが目的」なのだ。

 それから彼女はアメリカ軍のスティーブと結婚し
戦火のサイゴンを逃れてアメリカへ。

 普通の映画なら、ここでハッピーエンドで終わるかもしれないが
彼女のすごさはここからである。

 戦争の後遺症で苦しむスティーブをよそに
異国の地。アメリカで
仕事を見つけ、お金を貯め、同朋から借金をし
レストラン経営を始め、みごとに
実業家として成功してしまうのである。

 ベトナムの美しい田園風景が
瞬く間に地獄と化する。
どんなに戦争に大義名分があろうと
犠牲になるのはいつでも庶民なのだ。

 でもこの映画で訴えたいものは戦争の悲惨さだけではない。
主人公たちはどんな状況に陥ろうとも、
あきらめず、なげやりにならず健気に生きていく。
それだけでなく、彼らはいつまでも恨みの中に彼らはいない。
そこに根付くものはすべての罪や憎しみを浄化してしまう
ベトナム人の気高さと平和を愛する心であると思う。 

 お父さん、お母さん、お兄さんたちのセリフ
そしてレ・リーの最後の独白がよい。
(どんなによいかは映画を見てのお楽しみ)
 

 最後にひとこと苦言を。
レ・リーが全然老けないんだよね~。


 
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by arizonaroom | 2008-07-23 00:02 | 映画&TV&本 | Comments(4)