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納骨

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 日暮里のホテルの14階からの風景。
 ビルの横にスカイタワーがかろうじて見える。


 今日は日本中、いや、世界中が祈りをささげた日である。
あの震災から1年。

 我が家では今日が父の納骨の日。
家族、親せきに見守られながら
谷中の先祖代々の墓地に父は埋められた。

 日暮里からの帰り道。
14時46分
 -私達日本人が今後絶対に忘れられない時間ーに
電車は1分だけ停止した。

 

 
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by arizonaroom | 2012-03-11 21:37 | 健康 | Comments(2)

中学生レシテーション・スピーチ大会

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東久留米市長のあいさつ

 今年も開催された東久留米国際友好クラブ主催の
中学生レシテーション・スピーチ大会。

 思えば昨年は大変だった。
あの震災の翌日に開催されたのだ。
あらゆるイベントが中止、延期された中
よくぞ決行してくれたと思う。
あれから1年。

 中学生たちは皆よくがんばっていて
この中で順位を付けるのも残酷だなと思ったけれど
順位があるからこそ、みんな練習に励むわけで。
 
 賞を取れなかった人も落ち込まずに
今後も英語の勉強にがんばってほしいなと思う。

 審査員の夫が3つのステップについて語っていた。
「ひらめいたら行動を起こす、そして目標に向かって準備」

 イギリス人の審査員は震災のボランティアで
東北に行った時の体験談を語ってくれた。

 もうひとりの審査員の話も、市長の話も、友好クラブ会長の話も
中学生たちの心に深く刻まれていればよいなと思う。
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by arizonaroom | 2012-03-10 20:19 | 英語&日本語&スクール | Comments(0)

脳内変換

 父は40年以上も前に
3か月間のヨーロッパ視察旅行に行っていた。
渡欧前は、英語を一生懸命に勉強していき
現地ではそれなりに通じていたらしいが
(本人の弁、証拠なし)
その後は英語を使う機会もなかったので
(娘婿がアメリカ人なのにね・・・)
すっかりと忘れて(?)しまったらしい。

 「現地の人と英語で話していたはずなのに
思い出の中では
なぜかその会話が全部日本語に変換されているんだ。
頭の中でイギリス人が日本語を話している。
変な感じ。」と父。

 それ、何となくわかる。
私が小学生高学年の時に3年間だけ名古屋に住んでいて
当時の友人との会話はすべて名古屋弁だったはずなのに
私の頭の中では東京のアクセントに
脳内変換されている。
 
 高校生の時に、当時の友人と再会して
彼女の名古屋弁を聞いた時に
「あれ?こんなしゃべり方だったっけ?」と
思った記憶がある。

 英語と名古屋弁を比べるのもナンだけど
同じ仕組みだよね、きっと。

 帰国子女も現地語をキープする努力をしなければ
いずれ同じような経験をするのだろうな。
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by arizonaroom | 2012-03-09 23:55 | 英語&日本語&スクール | Comments(0)

選択の余地

 「抗癌治療や放射線治療は父の選択だった」をいうことを
以前に書いたが、正確に言えばそうではない。

 医師が「このように治療しましよう。」と言ったから
素直に従ったまでのことなのだ。

 その治療法が父の望みだったかどうかは
今となっては知る由もないが
父に選択肢はなかったように思う。
医師に「その治療はやりたくない」というのは
なかなか勇気が入ることだからだ。

 そもそも日本の医療現場で
医師に選択を迫られるという場面は
どれくらいあるのだろうか。

 日本の医療現場では患者を1日でも長く生存させる治療が
最優先されていると思う。
呼吸が出来なくなったら呼吸器、
食べ物がのどを通らなくなったら胃ろうというように。

 さすがに最近は尊厳とかホスピス観念も出てきて
そうでもなくなったが。

 アメリカの身内が50代で癌に冒された時
医師から言われたことは
「抗癌治療をしなければ余命1年半
 抗癌治療をすれば余命2年」というものだった。

 どちらにしても本人にとっては残酷な宣告であるが
彼が選んだのは抗癌治療をしない選択だった。
そして、彼は医師の宣告通り、きっちり1年半後に亡くなった。
その期間、つらい抗癌治療はせず、
彼は家族と共に死への準備をしっかり行ったのだった。
葬儀では、3か月前に行ったスカイダイビングのビデオが
披露されたりもした。

 他のアメリカ人友人の話。
彼女の父親は80歳で癌が発見され
医師からは
「抗癌治療が成功すれば後5年は生きられる。
しなければ半年の命」と言われ
抗癌治療を始めたが
副作用があまりにもきつかったので
途中で中断することにした。

 その中断が意味するところを
本人も家族も十分に理解した上での決断である。
彼もやはり半年後に亡くなった。

 アメリカは
個人の意思を尊重する国だからということもあると思うが
選択させるということの一番の大きな理由は、
あり得ないくらいバカ高い医療費のせいなのではないかと思う。
医療は立派なビジネスなのだ。

 対して日本は、国民皆保険の国で、しかも治療も点数制である。
確かにお金のかかる治療はたくさんあるけれど
 「抗がん剤は○○万で手術をすると××万、放射線治療は△△万かかりますが
どうしましょう?」などと医師は言わないのが普通である。


 こうやって書きながら何が正解なのかよくわからなくなってしまった。

 唯一わかること、それは
私にはアメリカ式の宣告、医療ビジネスはやはり馴染めないということだ。

 最期まで「余命何か月」というような宣告はされなかった父は
厳しい現実はわかっていながらも
明日への希望は常に持ちながら
治療を受けていたのである。
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by arizonaroom | 2012-03-08 23:56 | 健康 | Comments(2)

避難訓練

 こういうご時勢なので、私が参加しているバイブルグループでは
地震に備えての避難訓練を実施することにした。

 今までもプリスクールのプログラムの子ども達は
毎年、避難訓練はしていたが
大人を交えて全員参加は初めてである。

 「避難訓練をする」というのはアナウンスしていたが
「いつ」というのは伏せていた。
もちろん各グループのリーダーたちは事前に知っていて
計画は綿密に立ててある。

 笛を合図にいざ実行。

 結果はまあまあうまくいった。
でもみんな訓練だと知っているので
誰もが冷静である。
われ先に逃げる人も、道路に飛び出す人もいない。
実際にはこうは行かないだろうな。

 避難先の公園では突然100人もの女性たちと子どもが
押し寄せてきて何事かと不安になった様子である。
これからは「避難訓練」という
プラカードを持っていかないといけないかも。

 準備は大切だけど、
本当は、この訓練が生かされる日が来ないことが
一番である。
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by arizonaroom | 2012-03-07 23:14 | 日常&雑感 | Comments(2)

ようやく

 確定申告用紙を提出してきた。
一度は2月中に提出してみたいと思いつつも、
やっぱり3月の初旬になってしまう。
面倒なことはなかなかやりたくないからね~。

 これで平成23年度の後片づけも終わりである。

 しかし、この1年は恐ろしく長かったような気もするし
反面、あっという間だったような気もする。

 日本にとっても我が家にとっても
劇的な1年であった。

 次の確定申告の頃は楽しい事がいっぱい待っていると
信じたい。
 
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by arizonaroom | 2012-03-06 22:18 | 日常&雑感 | Comments(0)

雨の日のグレイス

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ガトーショコラ & ママレードケーキ
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バナナと胡桃のスパイスケーキ & オレンジケーキ
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 昨晩からの雨が、朝になっても降り続いている。
雨脚も強いけれど、何よりも寒さがこたえる。

 これでは今日はホームの方々は無理だろうなと思っていたら
案の定、館長さんだけがおひとりでいらっしゃった。
月曜日を楽しみにされている方々は
さぞがっかりされていることだろう。
 
 「曜日の感覚が無くなっている方も
月曜日のケーキの日だけはわかる」と
ヘルパーさんがおっしゃっていたのを思い出す。

 一般のお客様も少ない。
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 でも後半になると、いつもの方々が
ご来店。
いつのもグレイスの雰囲気になった。
忠実なお客様たちに感謝である。
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by arizonaroom | 2012-03-05 14:48 | 喫茶室グレイス | Comments(2)

葬儀の挨拶

 父が亡くなった時に病院から紹介された葬儀社の社長は
単なる商売という枠を超えた熱血あふれる納棺師であった。

 葬儀に対する知識が全くない私達を手取り足取り
一から教えてくれ、しかし、
「一番大切なのはお母さまの今後の生活」と
なるべくお金がかからない方法も教えてくれるのである。

 聞けば、叔父さんの葬儀の時に
「葬儀はこうあるべきではない。」と
憤慨し、それで一大決心して企業したとのこと。

 だから、いろいろな面で助かったのだが
反面、理想に走り過ぎ、
ともすると私達を啓蒙しようとするのであった。

 たとえば、 打ち合わせの時。
「納棺の時のくぎ打ちは、
『もうこの世に戻って来るな』ということから来ているのです。
だから私は勧めませんがどうしますか?」など。

 葬儀の最中にも列席者に向かって
「お焼香はこの親指と薬指で・・」などと
事細かに指示する。
でもほとんどの人は聞いていなかったか、すぐ忘れてしまったかで
ちっとも彼のいうとおりにはやっていなかったけれど。

 あまりのはりきりすぎのため、僧侶と歯車がかみ合わず
後から僧侶が私達遺族に謝りに来たという珍事もあった。

 お通夜の後、私達3姉妹は、
明日の葬式の打ち合わせのために社長に呼ばれた。
「お母さまはいろいろとお疲れだから
あなた達3人でしっかりおやりなさい。」
という配慮から母は除外されたらしい。

 「遺族の挨拶をする場面が三か所ありますが、
お嬢さんが3人いらっしゃいますから
それぞれが分担しておやりになりますか?」

 妹がすかさず、「いえ、全部長女がやります。」

  それで、彼は私の方に向き直り
「納棺の時の挨拶はですね、
決まった言葉を使わなければいけないんですよ。
これがその例文です。」

 渡された用紙を見て私は仰天した。
恐ろしく硬い文章なのである。
「これでなくてはだめなんですか?」

彼は平然として言う。
「だめなんです。」

 反論できるほど知識も経験も無かった私は
仕方がないので、その文章を頭に叩き込んで
そのまま使った。
あがり症ではないので、すらすらと無難に済ませたが
まるで社葬のような無機質な挨拶となってしまった。

 しかしこれは家族葬なのである。
聞いている人たちは、すべて親族なのである。
私は親族に向かって
「今後も故人同様皆さまのご厚情をたまわりたく・・」などと
挨拶したのである。

 昨日の友人の葬儀の時、
ご主人が自分の言葉で実に心のこもった挨拶をしているのを
聞きながら
「私のあの挨拶はいったい何だったんだ?」
と自問していた私なのであった。




 
 


 
 
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by arizonaroom | 2012-03-04 23:46 | 健康 | Comments(0)

友人の葬儀

 先週、バイブルスタディの友人が
クモ膜下出血で突然召されてしまった。
私は今年の1月にに20年来の別の友人を癌で失っている。
どちらも、私よりずっと年上だったけれど
それでも亡くなってしまうには若すぎる。

 今日はその友人のお葬式だった。
友人の教会は小さな教会だったので
礼拝堂に入りきれないほどの列席者が
彼女の早すぎる死を悼んだ。

 キリスト教徒は天の御国に入るという確信があるので
そういう意味では遺されたクリスチャンホームのご遺族には平安があるのだが
もうこの世で彼女の笑顔が見られないのは
とても寂しい。

 式の中で、彼女が好きだったという聖歌590番を皆で賛美した。
 
 主が私の手を取ってくださいます
 どうして怖がったり逃げたりするでしょう
 優しい主の手にすべてを任せて
 旅ができるとは何たる恵みでしょう

 
 歌いながら涙が出てきた。
私達のバイブルスタディクラスはインターナショナルなので
クラスでの言語は英語、歌う賛美歌もすべて英語である。
だから、彼女が、こんな優しくて素朴な聖歌が好きで
良く賛美していたなんてちっとも知らなかった。

 教会のご友人が思い出話として
彼女はいつも死について考えていた、
だからいつでも召される心の準備はしていたと思うというようなことを
話されていた。

 悲しいけれど、神様が決めた「時」が今だったのだ、と
思うしかない。



 
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by arizonaroom | 2012-03-03 23:13 | クリスチャンライフ | Comments(0)

介護保険

 今日、父の最後の確定申告を済ませてきた。
ここまで来てようやく先が見えてきた感じである。

 今回、この申告書を作成しながら
自分がいかに年金や介護保険について
無知だったか、いや無関心だったかが
本当によくわかった。

 最近は介護保険を使ったさまざまなサービスがあり
なかなか良い世の中になったと思っていたが
実は介護される年代の人たちの年金から
けっして少なくはない金額が
天引きされていたのだ。


 介護される年代の人たちもこの制度を支えている。
確かに日本は今後、老人ばかりになるから仕方がないのかな?

 父は結局、介護保険を使うことなく旅立ってしまったが
その分、誰かが助かっていたわけだし
本人も最後まで普通に生活をしていたということで
やっぱり幸運だったのだろうな。
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by arizonaroom | 2012-03-02 23:56 | 健康 | Comments(0)